今日はCSRのまえのCSRのについて考えます。CSRというのは「企業の社会的責任性」のことだ。企業は法「人格」であり、「企業市民」として社会に存在する。その「企業市民」をつくるのは誰か?「市民」だ。私達市民が企業市民である企業を創り、運営する。今回は企業市民の社会的責任性ではなく、市民の社会的責任性について考えます。

Citizen Social Responsibility 1個人が社会に対して責任をどうとって、どう行動するのか?が議論されず、企業の責任性ばかり問われるのは微妙だなとふと考えてしまいました。私達市民は自分たちの社会の形成のための責任を放棄していないか?ということです。企業と同じように「社会」「環境」「経済」のボトムラインをどう考え、どうアクションするのか?個々人でこれについて個々人のスタンスを今後は持つ社会がくるのかもしれません。

社会を変えるには企業の力も当然必要です。某環境団体のように、社会を変えるために世界の名だたる企業を標的にして、環境問題に取り組むことでその影響により社会が変わることを期待するのもありかもしれません。でも、企業を責める前に自分たちの生活を責める姿勢というものも大切なんではないかと思います。私たちは私たちの社会についてあまりにも無責任で利己的になりすぎていないか?

日々の生活レベルで言えば、老人が荷物をもって階段を登り降りしようとしている状況・妊婦が満員電車でたっている状況・視覚障害者が点字ブロックを探している状況・こどもがいじめられている状況・荷物を落とした人がいるのに皆が無視している状況。こんな状況に目をそむけていないですか?なーんだそんなレベルか?とおもわれるかも知れません。でも、自分以外の誰かを思いやる気持ちからしか社会は変わらないのではないかと思います。これらが出来てはじめて、「社会」や「環境」そして「経済」がかえられるのではないかと思います。

企業のCSR部門でつとめているということは、単なる仕事でもいいです。でも、個人としてのCSRはどうなのか今一度考えて見ませんか?